埼玉大学 生体制御学科 / 生体制御学コース

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生物エッセイ

神経発生を制御するツールキット遺伝子

掲載:2011年7月1日

 我々にとっての「脳」の重要性は言うまでもありません。脳は、我々の生存に関わる様々な生体機能、つまり呼吸、心拍、循環、等を調節し、内分泌系、自律神経系の中枢としていわゆる恒常性(ホメオスタシス)に不可欠ですが、その一方で、意識、睡眠と覚醒、運動、知覚の中枢でもあり、最後に、しかしヒトのヒトたるゆえんである各種脳の高次機能の中枢でもあります。
 こうした脳の精妙な情報処理の機能の背景には、その複雑な構造があることは明らかですが、この構造がどのように出来るのでしょうか。脳は胚の表層を覆う細胞層、いわゆる外胚葉に由来します。脊椎動物の場合、まず両生類において、脳形成の最初の段階が明らかとなりました。体の中軸を作る中胚葉*1からの働きかけで背側にある外胚葉が分厚くなり、神経板と呼ばれる構造が生じますが、これが脳と脊髄、つまり中枢神経系の原基となります。この現象がいわゆる神経誘導であり、誘導を行う中胚葉領域は、発見者の名前にちなみ、シュペーマンのオーガナイザーと呼ばれます*2。
 神経誘導を行う物質は、20世紀初頭のハンス・シュペーマンとヒルデ・マンゴルドによるオーガナイザーの発見以来、半世紀にわたり、発生生物学者の追い求める大きな謎でしたが、近年その正体、そして神経誘導の仕組みの基本がようやく分かってきました。意外なことに、外胚葉細胞は本来神経細胞になる能力を潜在的に持っています。しかしその一方でBMP*3と呼ばれる成長因子を分泌し、この作用で実際にはむしろ表皮に分化します。シュペーマンのオーガナイザーは、このBMPを阻害する分泌因子を産生することで結果的にオーガナイザー周辺において外胚葉の本来の能力、すなわち神経分化の能力を発揮させる、これこそが神経誘導だったのです(図1A)。BMPを阻害する代表的な分泌因子をコーディンと呼びますが、BMP-コーディンという物質の相互作用は、様々な脊椎動物での神経誘導で重要であることがわかっています(図1B,C)*4。さらに、脊椎動物の他の多くの発生現象、あるいは昆虫などの無脊椎動物の発生でも、BMP-コーディン相互作用による制御が知られています。このように発生の様々な過程で、しかも進化の過程で繰り返し用いられる遺伝子をツールキット遺伝子と呼びます。動物の進化の早い時期にすでに生まれていた基本的な発生制御機構と言えるでしょう。

*1 発生の進行と共に主として胚の中軸棒状の支持構造である脊索、その前方にある頭部中軸中胚葉(脊索前板)等に分化する。
*2 シュペーマンのオーガナイザーは、中枢神経系原基のみならず、胚構造全体の形成を誘導する。
*3 骨形成タンパク質(Bone Morphogenetic Protein)。元々骨形成を制御する分泌性タンパク質として発見された。
*4 神経誘導についてはBMP-コーディン相互作用に加え、現在さらに詳細が明らかになりつつある。また、コーディンとほぼ同じ機能を持つ分子としてノギン等が知られる。

発生生物学研究室弥益 恭 教授

神経誘導とオーガナイザー

図1.神経誘導とオーガナイザー。(A) 脊椎動物胚における神経誘導の分子機構。(B)ゼブラフィッシュ初期原腸胚。矢じりで示した胚盤の肥厚部(胚循)が両生類胚のシュペーマンオーガナイザーに相当する。(C)ゼブラフィッシュ原腸初期胚でのコーディンmRNAを染色した。胚循と周辺領域でコーディンが発現している。上が動物極、下が植物極、左が腹側、右が背側。(写真は中山由紀子、Alam Khanの両氏撮影)

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